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レポート

「気仙沼・大島支援プロジェクト」所感と報告。

「気仙沼・大島支援プロジェクト」所感と報告。

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行って来ました。

メンバーはもう一つの東海道駅伝スタッフ経験者を中心に5人1チームで現地に入りました。
途中やむなく現地を去るメンバーもいましたが、3泊5日に渡る支援活動を行ってきました。

現地で感じたことは人それぞれでしょうが、僕の脳裏にはある光景がデジャブの様によみがえってきました。初めて行った海外渡航先のバングラデシュがそれでした。
そう感じた理由が臭いです。漁港特有の腐った臭いが発生から2ヶ月半の時が過ぎても残っていました。

フェリーに乗って大島へ渡ります。およそ20分。

出港すると、テレビで流れていた気仙沼湾岸の被災した光景ががそのまま目に飛び込んできました。

まあ、状況の描写はいくらでも出回っています。しかし百聞は一見にしかずであって、実際に五感で感じられたことは、今後の活動におけるモチベーションを維持する上では十分過ぎるものでした。

大島での支援活動は大きく分けて二つ。

1.支援物資の搬出/入と仕分け
2.海岸の瓦礫撤去

降雨や強風など外での作業に向かない天候の場合は物資の仕分け作業を中心に行います。

滞在期間中は天候も安定しており、海岸での瓦礫撤去作業も行いました。

ボランティアに行く前、とりわけ震災直後は、
「自分が今できることをやろう」とか、
「ボランティアに行っても足手まといになるだけ」と、
言っていた自分が情けなく感じました。

実際に光景を目の当たりにし、活動している人、被災された方々と直に関わると、情報に振り回されていただけだということがよくわかりました。

人も物資もまだまだ足りていません。

一部で足りているようですが、その大半は賞味/消費期限が迫っているもので、中長期的にみると何もないのと同じです。

賞味期限が切れたおにぎりやお菓子を僕たちがもらって食べているという皮肉な光景も。

さらに、本当に被災された方が使うことを考えれば、使い古したタオルやよごれた衣類などは送らないはずで、送ったからよしではなく、届いた先のことまで考えて物資の発送はしなくてはいけない。

瓦礫の撤去も気の遠くなるような作業です。

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還暦を迎えた一関在住のおじさんから、

「20代の若者がこうして遠くから来てくれる。まだまだ日本は捨てたもんじゃない。」

そう言われ、ちょっとニヤついてしまった僕ですが、

「若者がもっと来て動かないと!」

「戦後以来の国難。今やらずにいつやるんだ?」

と続けたおじさんの言葉に胸が詰まりました。

先はほんとに長い。

僕の、もう一つのライフワークになりそうです。

次回は6月3日~5日です。

もう一つのプロジェクト

「世界を1mm動かす。」

「もう一つのプロジェクトは」、「ゴミ拾い駅伝」、「ウェルカムラフト」、「もう一つのメディア」、「もう一つのトラベル」、それに更なる可能性と余白の追求を続ける「もう一つの事業」を手掛ける複合事業型NPOです。単一の分野にとらわれず、様々な社会的な問題を、もう一つの切り口から解決に結び付けていきます。2005年発足、2011年に法人化予定。