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ドキュメント「3776mを駅伝してみて。」

ドキュメント「3776mを駅伝してみて。」

2010年8月28日(日)から29日(日)にかけて、静岡県沼津市の千本浜(海抜0m)から富士山の頂(海抜3776m)までの道のりを、ゴミを拾いながら駅伝してきました!

 

3776-0.JPG まず、現状の確認を。

 

富士山を世界遺産にしようと聞かれて久しい昨今。

一度は登録を見送られた富士山の世界自然遺産への登録は、その後数々の市民レベルの動きから、国家レベルでのテーマとして取り上げられるようになりました。

やはり、日本の絶対的なランドマークである富士山。

世界的に認められてしかるべきものだという気概が、我々日本国民にはあるのでしょう。

現在では、自然遺産での登録から、文化遺産への登録へ申請内容を変更し、暫定リスト入りしているものの、その道のりが険しいことに変わりありません。

 

僕たちにできること。

 

静岡県出身の市川としては、毎日見てきた富士山を、「世界遺産に」というテーマは、決して見逃すことができないものです。

「もう一つの箱根駅伝」を機に発足した「もう一つのプロジェクト」の今後の世界展開における最初の布石として白羽の矢が立ったことは、自然な流れでした。

自然な流れと言っても、今回のプロジェクトを実行するにあたっては、二つの決め手となったことがあります。

一つ目は、3776mの富士山を形成するすべての地域を一体として考えるべく、海抜0mからアクションを起こし、山頂までの標高を網羅するには、駅伝の方式が最適と判断したため。

二つ目は、箱根駅伝の創始者:金栗四三氏が、この富士山においても、ある駅伝大会の創設にかかわっていたという事実を知ったこと。

上記の二点と、市川の単なる地元愛によって「箱根の次は、富士山」で「ゴミ拾い駅伝」となったのである。

 

「季節感のあるゴミ。」

第1区:海岸清掃(海抜0m~)

 

8月28日土曜日。

出発は静岡県沼津市の千本浜です。沼津の千本松原といえば、東海道随一の景勝地としても有名です。

現地に到着したのはたった三名。「何でも最初はこんなもんさ。」

第一走者は、過去二回のもう一つの箱根駅伝実行委員を歴任し、今春社会人入りした木村君。

海岸のゴミを拾います。

首都圏で活動しているため、イメージできませんでしたが、東海道随一の景勝地もやはりゴミだらけでした。

驚いたのは、いつも見かけるゴミの中にやたら目立つゴミがあることに気づきました。

花火の破片です。

そう、駿河湾を囲む地域で今夏催された数々の花火大会で打ちあがった後の花火の破片が、この浜に流れ着いていたのでした。

素材は紙のようですが、生態系に与える影響はよくわからないとは言え、ビジュアル的には完全にゴミでした。

とてもすべてを拾っていたらいつまで経っても富士山にたどり着けないと判断し、先を急ぐことに。

1区は海岸だけだったので、引き続き2区のコースも木村君が担当しました。

 

3776-1.JPG 

「ゴミ拾いの性(さが)。」

第2区:市街清掃(海抜~770m)

 

海岸を経て、千本松原を抜けると静岡県第三の都市、沼津の街が広がります。

2区のコースは、この日の行程の実に9割9分を占めており、厳密に区割りをするといくつかに分けるべきでしたね。

さらに日中の最高気温は34度に達しており、生身の人間がそう容易く走りきれる環境ではありません。

しかし、関東では同時刻に24時間かけて走ってるニューハーフの方もいて、「こっちも頑張らないと!」と「裏企画(もう一つの企画)」好きな我々は、勝手に闘争心を燃やしていたのでした。

今回の走行システムとしては、ゴミ回収用の車一台に待機者が乗り込み、一人が区間内をゴミ拾いするという手法をとりました。

木村君はJR御殿場線の大岡駅まで移動しました。

距離としては5km、高低差では10mくらいでしょうか。

この日のゴールは御殿場市中心に位置する御殿場駅です。

距離にするとスタートの千本浜から30kmほどで、一人が走りきるには不可能な距離ではありません。

しかし、我々には翌日の富士登山が控えています。

市街地といえども770mの高低差を登らないということを考えると、一人で行くには負担が大きすぎるということで、道のりを3人で分担することにしたのです。

なお、途中、裾野駅では一人が途中合流することになっていたので、いくらか負担も軽減できると踏んでいたのですが・・・。

さて、第二走者は「もう一つのメディアビジネス創出委員会」の発起人で、当団体のメディア部門の担当者杉村さんです。

大岡駅をスタートし、太陽は南中高度に達する日中で最も暑い時間帯での走行になります。

裾野駅まで約7~8kmの道のりを線路に沿って進みます。

これぞ本当の「駅伝」ではないか。

 

3776-2.JPG人間てのは不思議なもので、こんな炎天下で歩くだけでも精一杯という環境でも、手にトングとゴミ袋を持って、目にゴミが留まるとトングを差し伸べてしまうものです。

杉村さんもご多分にもれず、裾野駅に至るまでに二袋を満ぱんにしていました。

裾野から合流するはずだったメンバーは急遽予定があると、裾野駅まで来たにもかかわらず撤収。

ほとんど距離を稼ぐこともできず、襷は市川につながったのでした。

裾野から御殿場市街までは、22kmとの表示。

「これはきつい・・・」

太陽が山際に差し掛かる頃になると幾分か涼しさを感じることができるが、着ていたシャツの色は当に変わっていました。

この区間でも二袋近いゴミの回収に成功しました。

実は市川が、ゴミ拾い駅伝をするのは「もう一つの箱根駅伝」第2回大会(2007年)以来のことで、久しぶりにその感覚に浸っていたのでした。

22kmはあまりに翌日にダメージを残すということで、富士岡駅で再び木村君に襷リレーを行います。

夏の終わりともなれば、18時を過ぎるともう夜は間近です。

南御殿場駅を経過し、ゴールとなる御殿場駅に着いたのは19時でした。

木村君は「日が暮れれば余裕でした」

と、最年少にして最長身の彼は満足げな笑みを浮かべていました。

宿泊は、場所をキャンプ場に移し、一日の疲れを癒したのでした。

 

3776-3.JPG「既成概念を打ち破る爽快感。」

第3区:樹海清掃(海抜~1400m)

 

我々の朝は早かった。

4時半に起床し、5時過ぎにキャンプ場のコテージを出ます。

まだ、日が昇りきっていない時間帯の現地は清々しい限りで、眼前には我々が目指すゴール富士山が見えます。

「大きい、そして・・・遠いなぁ」

沼津に向かう東名高速から見た富士山に、

「近い、近い!」

と言っていたものが、やはり自然への絶対なる畏怖があるのか、近づけば近づくほどその「距離」を体感せずにいられないものです。

この日の第一走者も木村君です。

彼の身長は190cmに迫ろうとしていますが、腰はかなり低いです。

6時に、前日ゴールしていた御殿場駅前の交差点を出発します。

朝なので、これまた

「余裕宣言」の木村君は、快調に飛ばしていきます。

この区間は、市街地と富士登山道「御殿場口」までをつなぐルートです。

いわゆる「富士山スカイライン」で、自衛隊の軍事演習場を突っ切るその道は、まっすぐに富士山を目指しています。

この日はやたら轟音が鳴り響いてます。

「こんな朝から砲撃演習とは、よく騒音問題に発展しないものだ」

と思っていたら、ちょうどその日は演習の公開日だったそうで、朝練の一貫だった様です。

「青年の家」までたどり着いた木村君に代わり、杉村さんが「馬返し」と呼ばれる地点までを担当します。

 

3776-4.JPG道は次第に山道となり、蛇行し始めます。

緩やかな上り坂に箱根並みの急なヘアピンカーブの連続です。

日も昇ってきますが、両サイドの木々がうっそうとしてきますので、木陰ができ、暑さをしのぐにはちょうどよいのです。

ここでもゴミはあり、そうした性のせいか、拾い続けます。

待っている方も拾います。ちょっと樹海に入るとゴミがすぐに目に付くという悲しい現実。

中継地点でゴミを拾っているとトングをカチャ、カチャ鳴らす音が聞こえてきます。

「杉村さんキターーー」

車もまばらなエリアに来ると、いくら朝といえども樹海は樹海、多くの人が年間命を落とす場所です。

あたりには停車して何ヶ月、何年も経というかという故障車、廃車が少なくありません。

じっとしていてはおかしくなるので、時にカチャ、カチャとトングでも鳴らしてみたくなるものです。

多少の疲れを見せながらもゴールした杉村さんに代わり、襷を受け取った市川は、御殿場口まで5kmほどの道のりに入ります。

歩き始めると、まるで森林浴をしているかのような感覚に陥ったのです。

「これは、爽快だ!」

樹海はどちらかというと「負」のイメージが付きまといますが、実は厳密に言うところの樹海とは青木ヶ原を指し、この区間に広がる一体は、名もなき雑木林ということになります。

便宜上、樹海という表現を用いていることをご了承いただきたいです。

さて、それでもなかなかどうして一人で歩くには心細い道であることには変わりありませんが、意外とあっさり「太郎坊」と呼ばれる御殿場口へと続く中継地点へと到着しました。

先に到着している二人に御殿場口駐車場にて合流し、いよいよ最終区間である登山ルートへと足を踏み入れていくこととなるのです。

 

3776-5.JPGのサムネール画像 

「見えない、が見えた。」

第4区:山岳清掃(海抜~3776m)

 

トングとゴミ袋を持って山を登っていれば、誰でもそれが清掃登山だとわかる。中には、

「ご苦労様~」「暑いのに頑張るね~」

と、ねぎらいの言葉を頂戴する一方、

「ゴミなんてもうないだろ」「富士山はずいぶんきれいになった」

という言葉も聞かれる。

 

3776-6.JPG確かに、登山道に落ちているゴミは、それを見つける方が難しかった。

僕が、七合目までに拾ったゴミはズボンのポケットに収まりきるくらいだった。

 

3776-8.JPGでは、本当に富士山からゴミが消え、世界自然遺産に足る環境を取り戻していると言えるのか。

その答えは、標高が上がって行くにつれ次第に明らかになっていった。

結論から言うと、大きく二つの理由から自然環境的にも文化的側面から見ても、それらは未だ不十分であると言わざるを得ない。

まず、一つ目として、潜在するゴミの問題がある。多くの登山客でにぎわう「吉田口」や「富士宮口」には、休憩や宿泊もできる山小屋が実に充実していて、どの小屋も登山客で溢れている。

夏のピーク時には、どこかの参道のような賑わいが山頂まで続いているのである(確かに山頂には神社があり、信仰の対象であるため、登山道は参道とも言える)

この山小屋が、我々が登っている「御殿場口」では、登山者が上記よりも少ないことから、廃墟となっているものが多く目に付いた。

使用禁止になって間がないものや、すでに朽ち果てているものまで、少なくても4~5つはあった。

この放棄されている「旧山小屋」をゴミと見るか否かは別として、その周辺にはかつて投棄されたゴミが、それを隠しているように大量に埋められているのがわかった。登山道からは見えにくい斜面や、岩の裏にはまだまだ多くのゴミが眠っているのだ。

潜在するゴミはまだまだ見えないところに多く残っている。

二つ目には、富士山には、山小屋のほかにも様々な「都市機能」が充実している。

山小屋ごとに公衆トイレ(バイオトイレ)があり、のどが渇けば少々お高いが自動販売機で飲み物も購入できる。山頂には郵便局もあり、携帯電話の電波も入る。

医療従事者も待機しており、宿泊施設や食堂も標高が3000mを越えても八合目くらいまでは、当たり前にある。

一見するところ、観光地としては、一級の備えであるが、これは後世に残すべき自然の本来の姿ではない。

「都市機能」が充実していると言うことは、その充実度に比例してゴミの廃棄量も増え、物資の輸送で行き交うブルドーザーはひっきりなしに斜面を走っている。

自然遺産となろうとしている場所が、ゴミの発生源では、本末転倒な話である。

以上の二点を要約すると、富士山は現状の問題として、

「潜在するゴミ」と「発生するゴミ」

の二つを有していると言え、これこそが世界自然遺産になりえないでいる理由だと考えられる。

僕たちは、この問題の根本には、富士山が、「一般車でいける限界地点」から「山頂」までの区間が富士山だと多くの人が勘違いしていることがあると考えている。

整備が進むにつれ、確かに登りやすくなった富士山であるが、3776mの標高を形成する全ての部分を含めて富士山であるとの認識を持つことが問題の解決に繋がると僕たちは考えている。

そうした視点に立って一元的に管理することによって無駄な山小屋をなくし、無知な登山者を減らし、自然の畏怖を共有できる山となってはじめて自然遺産としての価値が見出せるのではないか。

そのためのアプローチとして、海抜0m地点からのアクションは、視野を広げる手段としては、間違ってはいない。

多くの人が問題を共有して、主体的に取り組んでいかなければ、山頂にはたどり着けない。

ただ登るのではなく、未来に向けた「もう一つのゴール」を、我々は目指さなくてはならない。

 

3776-9.JPGさて、御殿場口の三人はどうなっているのでしょうか?

いました!無事登頂を果たしています。

しかし時間が気がかりですね、すでに17時を回っています。

 

3776-7.JPGこのままだと日没までに下山は厳しいですね。

この続きはもう一つのスタッフブログで紹介します。

 

結果発表

総距離:約55km(千本浜~富士山頂)

高低差:3776m

総時間:約16時間半

ゴミ袋:9袋(45ℓ)

メディア:東京新聞(8/31)、中日新聞(8/31)

協賛:ウイダーinゼリー

協力:GARBAGE BAG ART WORK

主催:NPO もう一つのプロジェクト

 

最後に

 

応援、ご協力いただいたみなさまへ、心より御礼申し上げます。

有難うございました。まだまだ始まったばかりです、今後ともよろしくお願いいたします。

NPO法人もう一つのプロジェクト

「世界を1mm動かす。」

「もう一つのプロジェクト」は、「ゴミ拾い駅伝」、「ウェルカムラフト」、「もう一つのメディア」、「もう一つのトラベル」、それに更なる可能性と余白の追求を続ける「もう一つの事業」を手掛ける複合事業型NPOです。単一の分野にとらわれず、様々な社会的な問題を、もう一つの切り口から解決に結び付けていきます。2005年12月発足、2011年12月より特定非営利活動法人(NPO法人)